Admin   Newentry   Upload   Allarchives

BLの終焉

Rあり、男性同士の恋愛小説を載せております。

Shangri‐La 42 

Shangri‐La 42





「あなた、もしかして心中に
憧れてませんか?」

「馬鹿言いなさい。
私がきみを死なせたい訳ないだろ。
妄想することも怖いよ」

……妄想してるのか。

肘枕で笑ってるこのひとを見てると
闇は無いと思うんだけど。

僕の中の闇は彼も知ってる筈だ。

「心中ってのはつまり自殺と他殺、
2つの罪を犯してる。
死んで一緒に…なんてムシのいいこと
罪人が思ってはダメだろう」

「仰る通りです」

「敦くん、続き続き」

「…はい。
お前たちは去年一人の、たった一人のママを永久に失ってしまった。
お前たちは生れると間もなく、生命に一番大事な養分を奪われてしまったのだ
お前達の人生はそこで既に暗い。
この間ある雑誌社が「私の母」という小さな感想をかけといって来た時、私は何んの気もなく、
「自分の幸福は母が始めから一人で今も生きている事だ」と書いてのけた。
そして私の万年筆がそれを書き終えるか終えないに、私はすぐお前たちの事を思った。
私の心は悪事でも働いたように痛かった。しかも事実は事実だ。
私はその点で幸福だった。お前たちは不幸だ。
恢復かいふくの途みちなく不幸だ。不幸なものたちよ。
……
片親は不幸ですかね。
自分自身も心中して両親のない子にしてしまいましたよね。
男の子3人は親戚の家に引取られたそうです」

僕は母を病で喪った。父も無理心中未遂で亡くなった。

それは―
辛かったけれど乗り越えられた。
…つもりだけれど…

親の死を多くのひとは普通に乗り越えるものだ。

「それは決めつけられないね。
ひとそれぞれの考え方があるから」

「どんな命もいつか喪われるんです。
そこを子供には教えなければ」

「そうだね」

「…続けます。
暁方あけがたの三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中に拡ひろがったのは
今から思うと七年前の事だ。
それは吹雪ふぶきも吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。
市街を離れた川沿いの一つ家はけし飛ぶ程揺れ動いて、
窓硝子ガラスに吹きつけられた粉雪は、
さらぬだに綿雲に閉じられた陽の光を二重に遮さえぎって、
夜の暗さがいつまでも部屋から退どかなかった。
電燈の消えた薄暗い中で、白いものに包まれたお前たちの母上は、
夢心地に呻うめき苦しんだ。
私は一人の学生と一人の女中とに手伝われながら、
火を起したり、湯を沸かしたり、使を走らせたりした。
産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、
家中のものが思わずほっと気息いきをついて安堵あんどしたが、
昼になっても昼過ぎになっても出産の模様が見えないで、産婆や看護婦の顔に、
私だけに見える気遣きづかいの色が見え出すと、私は全く慌あわててしまっていた。
書斎に閉じ籠こもって結果を待っていられなくなった。
私は産室に降りていって、産婦の両手をしっかり握る役目をした。
陣痛が起る度毎たびごとに産婆は叱るように産婦を励まして、
一分も早く産を終らせようとした。然し暫しばらくの苦痛の後に、
産婦はすぐ又深い眠りに落ちてしまった。
鼾いびきさえかいて安々と何事も忘れたように見えた。
産婆も、後から駈けつけてくれた医者も、顔を見合わして吐息をつくばかりだった。
医師は昏睡こんすいが来る度毎に何か非常の手段を用いようかと案じているらしかった。
昼過きになると戸外の吹雪は段々鎮しずまっていって、
濃い雪雲から漏れる薄日の光が、窓にたまった雪に来てそっと戯たわむれるまでになった。
……
有島武郎の奥さんは20代で亡くなってますけど
近い他人の死に接してないので作者の気持ちは
図りかねます」

「近い他人…夫婦は近い他人だ。
血の繋がりも無いしね。
私も親族ならあるが友人は生きてるなあ」

「夫婦は所詮他人です。
だからみなさん相手を取り替えていらっしゃる。
ただ、子供は取り替えられませんからね。
責任は取っていただかないと」

「敦くんは夫婦の絆って信じてないだろう」

「…多分」

「はははっ
きみは素晴らしい両親の元に生まれたのに?」

「残念ながら母のことはうっすらとしか
記憶にないので」

ひとつふたつのエピソードと―
優しいひとだった…のは覚えてる。

「じゃ…私ときみの関係は?」

「勿論、夫婦じゃありません。
伴侶です」

「夫婦と伴侶はきみの中では違うのか」

「夫婦が魂まで結ばれているとは思えません。
打算や妥協、しがらみのない関係などあり得ない。異性愛とはそんなものじゃないですか?
…伴侶は半身でなければ…少なくとも僕はあなたの半身と化していると思います」

「…半身…失えば生きては行けないね」

「そう言うことです。
続きですね、どこからだったか…あった。
……
然し産室の中の人々にはますます重い不安の雲が蔽おおい被かぶさった。
医師は医師で、産婆は産婆で、私は私で、銘々めいめいの不安に捕われてしまった。
その中で何等の危害をも感ぜぬらしく見えるのは、
一番恐ろしい運命の淵ふちに臨んでいる産婦と胎児だけだった。
二つの生命は昏々こんこんとして死の方へ眠って行った。
丁度三時と思わしい時に――産気がついてから十二時間目に――夕を催す光の中で、
最後と思わしい激しい陣痛が起った。
肉の眼で恐ろしい夢でも見るように、
産婦はかっと瞼まぶたを開いて、あてどもなく一所ひとところを睨にらみながら、
苦しげというより、恐ろしげに顔をゆがめた。
そして私の上体を自分の胸の上にたくし込んで、背中を羽がいに抱きすくめた。
若し私が産婦と同じ程度にいきんでいなかったら、
産婦の腕は私の胸を押しつぶすだろうと思う程だった。
そこにいる人々の心は思わず総立ちになった。
医師と産婆は場所を忘れたように大きな声で産婦を励ました。
ふと産婦の握力がゆるんだのを感じて私は顔を挙あげて見た。
産婆の膝許ひざもとには血の気のない嬰児えいじが仰向けに横たえられていた。
産婆は毬まりでもつくようにその胸をはげしく敲たたきながら、
葡萄酒ぶどうしゅ葡萄酒といっていた。看護婦がそれを持って来た。
産婆は顔と言葉とでその酒を盥たらいの中にあけろと命じた。
激しい芳芬ほうふんと同時に盥の湯は血のような色に変った。嬰児はその中に浸された。
暫くしてかすかな産声うぶごえが気息もつけない緊張の沈黙を破って細く響いた。
大きな天と地との間に一人の母と一人の子とがその刹那せつなに忽如として現われ出たのだ。
……
ここまで書く必要性を僕は感じませんが」

「敦くんらしいな。
細かいところまで表現したかったんじゃないか?」

「生命誕生は奇跡です。
そのイメージが薄れるじゃないですか」

「…確かにね。
書きゃいいってもんじゃない」

「だからこの作品は何方もご存じないんです。
作家のスキャンダラスな部分だけクローズアップされ
真実味や誠実さを感じないのは残念です。
本人の責任ですが」

「そう言う見方をする敦くんが
すごい好きだ」

「…恐れ入ります。
不倫不貞が大嫌いなのでついキツい査定に…
文学者として尊敬の念はありますが
ひととして許せないですね。
亡くなった奥さんもさぞ嘆かれたでしょう」

「天国でね」


天国はない。
地獄もない。


「僕は……一生妬みや恨みの気持ちを引きずるので
天国には行けそうもありません」

「敦くんは自分に厳しいし自虐的だから。
その妬みや恨みの根を作ったのは私だ。
だから責任は取るよ。
大丈夫、私がきみを抱いて天国の門をくぐる」

「取りあえず…確認ですが、
あなたは間違いなく天国に入れるんですね?」

「……あ、そうか。
仕方ない…二人でさまよい歩くか」

「僕はどこまでもお供します」


あなたのいる世界が僕のすべて。





続く





本日も沢山の拍手、ご訪問ありがとうございました。

Category: 大野敦の憂鬱 21

TB: 0  /  CM: 0

top △

コメント

top △

コメントの投稿
Secret

top △

トラックバック
トラックバックURL
→http://haru1924.blog.fc2.com/tb.php/4007-d78a658b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

top △

2018-06